秋桜のエッセイ

金銭教育のこと

2005-02-21

私が子どもの頃は日常生活では現金による金銭のやり取りが主で、ようやくクレジットカードや口座引き落としといったキャッシュレスの手段が出始めたところだった。お金の運用方法も郵便局や銀行の預貯金がほとんどで株や外貨の取り引きをしているというのはほんの一握りの人たちだけだったと思う。当時は「お金の話をするのはいやらしい」という風潮もあったせいか、大人が子どもの前でお金の話をすることもほとんどなかった。

ところが今のようにこれだけお金に関する選択肢が増えてくるとそうは行かない。買い物をした時の代金の支払方法をざっと考えるだけでも「現金」「代金引換」「コンビニ支払」「口座振替」「口座引落し」「デビットカード決済」「クレジットカード決済」「ICカード」といった方法があるし、これらが組み合わさっている場合もある。さらにローンや分割払いなどを考えれば本当に多種多様なお金との関係が日常生活の中で成り立っていることになる。テレビでも銀行や消費者金融等のコマーシャルがよく流れているし、ニュースや情報番組でもどんどん「お金」に関する話題が登場する。新聞や雑誌を読めば「節約」「貯金」「運用」といった用語が必ずといっていいほど目にする。

しかし私達の中でどれだけ子どもの頃にお金について教わってきた人がいるだろうか。そして子ども達にお金について教育している人がいるだろうか。生きていく上でお金は欠かせないものなのに、情報ばかりが氾濫しているように感じられる。その一方で親が働いてきた代償としてお金をもらっている、という当たり前なことを知らない子ども達がとても多いと思う。仕事柄子どもに会う機会が多いが、当然のように子ども達が親にお金や物をねだる姿を見かける。そのお金はどこから来ているか知ってか知らずか、時にはかなり高価な物を要求していることもあり、とても驚くことがある。確かに今は給料は銀行口座への振り込みだし、日本では家計管理は主な働き手の夫より妻がしていることが多いから(中には例外もあるが、一般論として)、お金の流れが見えづらいという事情もあるだろう。でもそれだからこそお金というものが果たしている役割やお金の使い方などを小さい頃から少しずつ教えていった方がいいのではないだろうか。

実際数について学習するようになる段階になるとお金の使い方についても少しずつ教えるようにしているのだが、それまでにお金を持ったことがほとんどない、という子どもがかなり多くて驚いたことがあった。小学生以降の子どもと話をしていても知的能力に比べて金銭感覚が全くつかめておらず、買い物をしていても所持金以上に物を買ってしまって困ってしまうという子どもが何人もいた。中には繰り上がりや繰り下がりの計算ができてもお金では「10円玉5枚=50円玉1枚」といった基本事項が理解困難なケースもいて、親達も私とのやり取りを見て初めて我が子の状態を知って「こういうことから教えないと分からないんですね」と驚いた表情でコメントすることが多かった。ここまでひどくなくてもお金の役割をよく知らない子は意外と多いようだ。それでも指導していたケースでも私との話の後にお金について興味を持つようになって母親と調べてみた子どもがいて、後日その子の母親から「先生との話をきっかけにお金のことを調べるようになり、水道代や電気代といった物の存在を知って生活するのにお金がかかるってことを実感したようです。ありがとうございました」と言われたことがあった。きっかけ一つで色々工夫ができると実感した経験だったし、こちらの意図を汲んで色々動いてくれた母親に頭が下がる思いがした。

私も小さい頃父が何のために働いているのかよく分からなかったが、親達は小さい頃から父の仕事場へ遊びに行かせたり、母から買い物の仕方を教わる時には「これはお父さんが働いてもらったお金なんだから、後でお父さんにお礼を言うんだよ」とよく言われていた。母に後で聞いたら親なりに工夫をしていたらしい。小学校に入ってからは小遣いをもらうようになり、欲しい物があると言っても「お小遣いをあげているでしょ。欲しい物があったらそれで買いなさい」と言い返され、我慢して貯金し、欲しかった物を購入するという練習を自然としてきた。中学以降は授業料なども私に払い込みをさせるようにし、「これだけお金がかかっているんだ」ということを実感するよう親達は工夫していた。しかしそれでもクレジットカードやローンの事などは「恐い物だから、持っちゃダメ」「返せなくなると困るから」という話ばかりだったので、「もっとちゃんと教えてほしかったなぁ」と思っている。

アメリカでは小さい頃から金銭教育が盛んだそうで、クレジットカードの使い方、ローンのしくみ、株の買い方、会社の興し方などについても分かりやすく説明しているそうだ。例えばローンの複利計算を教える際は「72の法則」というやり方を教える。これは72という数字からパーセントで割ると元金が倍になる年数が算出される方法で、これを使えば利子が雪ダルマ式に増えるということを実感しやすい(住宅ローンなどでしてみるとよく分かる)。日本でも金銭教育をファイナンシャル・プランナーが少しずつ始めた、という話も以前テレビで見たことがあるが、まだまだ少数派だろう。

拝金主義になるのも考えものだが、お金の役割をよく知った上で上手に付き合っていくことはとても大事なことだと思う。働く意味を考えるためにもお金との関係を考えることも進路などを考えていく上でも参考になるだろう。社会の仕組みを知るためにもお金の仕組みを学習する機会がもっと増えてほしいと願っている。


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