秋桜のエッセイ

発達障害の分類について

2005-03-30

現在発達障害の診断に用いられている診断基準はアメリカ精神医学会の診断マニュアル第4版(DSM‐Ⅳ、最近DSM-IV-TRが出版されている)やWHOの国際疾病分類第10版(ICD-10)(最近はICFという新しい障害分類も出ている)が主なものであり、他にも厚生労働省が疾病分類表というものを発表しており、医師はこのような分類に基づいて患者の診断を下している。しかし発達障害の場合対象にしている物が心であって目に見えないものであるだけに患者や家族から「納得が行かない」と言われたり、「診断名が他の医療機関と違う」「診断名が変わったのはどうして?」といった質問を受けることが以前からよくあった。

そこで私が考えている発達障害の分類について書いてみたいと思う。これは必ずしも全ての医師が同意しているわけではないが、発達障害に詳しい医師や訓練士にこの考え方を話すと大体彼らも同様の考え方をしているので、そんなに的外れな物ではないと感じている。

まず、私は最初お子さんと会うときは医師の診断名は仮のものだと考えている。医師は大まかには分類はできるが、細かい行動を観察して1つ1つ反応を見ていくのは心理士や訓練士の方が得意であり、場合によっては心理士や訓練士の報告で診断名が変わることもあるからである。

その際気を付けているのは知的障害、広汎性発達障害(自閉症、アスペルガーを含む)、ADHD、LDがどのくらいの割合でこの子は持っているのかということである。ICD-10やDSM-IVではこれらの障害は別な物として記載されているし、ADHD、LDは知的障害を伴わないことになっているが実は合併していることが多く、中にはこれら全てが同じぐらいの割合で入っていることがある。そうなると診断基準のルールで知的障害と自閉症という診断名になるが(診断名を記載する際、自閉症とADHDが両方ある場合は自閉症のみ記載されることになっている)、実際はもっと複雑な障害像を呈することになる。

これら4つの軸で立体的に考えていくと誰一人として同じ人はいないということがよく分かると思うし、同じ診断名でも異なる症状を示すことがなぜかよく分かってもらえるだろう。そして「その他の広汎性発達障害」「知的障害」といったかなり曖昧な分類に入る人が意外と多いことも気付かれる思う。

医師によってはICD-10やDSM-IVの診断基準だけでしか患者を診られない人もいるが、発達障害というのはそんなに簡単な物ではないし、きちんと診断できる医師ならば「厳密に言えば自閉症の分類には入らないのですが、自閉症の特徴がいくつかあるので「その他の広汎性発達障害」ということになります」という説明ができるのである。

そして発達障害というのは脳のネットワークの障害であり、どのネットワークが損傷されているかで視空間認知や運動面、そして言語面や社会性の問題の度合いが全然異なってくる。発達障害の主な障害の場所は前頭葉と言われているが、他にも頭頂葉(特に右頭頂葉)、側頭葉、後頭葉、扁桃体、脳梁、海馬、小脳、脳幹等やその情報をやり取りするシナプス(受容体)に問題があるという説もあり、これらの場所がどれだけ損傷されているかによっても全然障害像が異なってしまうというのは当然のことと言えるだろう。

身体特徴については色々掲示板でも意見が出ているが、染色体異常や多発奇形というケース以外は個人差の範囲内であるし、染色体異常や多発奇形を伴うと知的障害や学習障害が合併しているケースが多くなる(広汎性発達障害の様相を呈する発達障害で染色体に異常があると言われている主な物はレット症候群と脆弱X症候群だが、レット症候群は女子のみに発症する物だし、脆弱X症候群も発症率は自閉症の1/10以下なので確率は低いと思う)。筋肉の低緊張などによる筋力不足、関節の緩さから生じる関節稼動域の広さは定型発達の人よりは多いらしいが、これは定型発達の人にもみられる現象なので診断基準に入れることは不可能である。

結局「発達障害の分類というのはあくまでも大分類であって、診断基準というものも文字で書いてある情報だけでは不十分な物だ」「発達障害を診断するには臨床経験が不可欠で、やはり生身の人間を数多く診る必要がある」ということに尽きると思う。確かにカナーによる自閉症の症例報告がされてからまだ60年前後だし、今後画像診断などの技術が発達すればまた新しい診断名が出てくる可能性はあるだろう。しかし発達障害の現場で仕事をしてきた経験から今出ている物からそれほど外れたものは出ないだろうという確信もある。

発達障害というのは非常に幅が広く、曖昧な概念である。しかし定型発達との違いは存在するし、その違いのために多くの人が日常生活で困っていたり、二次障害で苦しんでいるのもまた事実である。残念ながらきちんと診断できる医師や医療機関もまだまだ少ないのも現状であり、細かく観察できる訓練士の人数もまだ限られている。私達専門家も患者や家族が納得できる説明ができるだけの実力をつける必要があり、そういう専門家を育てていくことも大切なことなのだと考えている。


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